鶴田研究所 Tsuruta Laboratory

調査ノート 2026-09-15

ツール呼び出し記録26,327件への異常注入による、侵害と誤動作の検出率と遅れの測定

実運用26,327回の呼び出しに7種の異常と2種の対照を注入して、検出率・誤報率・遅れを測った

要旨

Claude Code が42日間に残した422セッション、26,327回のツール呼び出しを、中身を持たない記録(ツール名・時刻・入出力の大きさ・失敗の有無・応答の境界)に落とし、正常の模型を8月前半で学習して、9月のセッションに7種の異常と2種の対照を注入した。正常セッションの5%が誤報する閾値に揃えると、別応答での1秒未満の連打は91%、失敗を繰り返す暴走は84%を捕まえ、系列の乗っ取り・データの持ち出し・範囲外のツールは3%以下で、対照2種と区別がつかなかった。時刻の手がかりは、応答の境界が見えるときだけ働く。実際の記録を走査すると、上位の警報は「再試行するな」と32回言われながら再試行を続けたサブエージェントだった。

方法自分のPCに残る Claude Code のセッション記録から、ツール呼び出しごとにツール名・時刻・入力と出力のバイト数・失敗の有無・所属する応答のIDを取り出した。8月4日〜24日の185セッションで正常の模型(セッション適応の2-gram、ツールごとの大きさ、別応答の間隔の下側の裾、ツールごとの失敗率)を学習し、8月25日〜31日の28セッションで閾値を決め、9月1日〜14日の30手以上の64セッションに、乱数の位置で異常を注入した。異常は7種、対照は2種で、乱数の種5つ、計320回ずつ。検知器は点・指数移動平均・CUSUMの3つ、手がかりは順序・大きさ・時刻・失敗の4つと全部の5通り。
結果誤報率5%に揃えたCUSUMで、別応答の連打91%(95%区間85〜95)、暴走の繰り返し84%(79〜88)、系列の乗っ取り3%、持ち出し3種は1〜2%、範囲外のツール2%、対照は1%。手がかり別では、時刻のみで連打100%・暴走87%、失敗のみで暴走89%、順序のみで乗っ取り26%、大きさのみで大きな持ち出し13%。遅れの中央値は、連打が時刻の点検知で1手、暴走が失敗の移動平均で5手。別応答の間隔21,300件に1秒以下は0件、同じ応答内の並列呼び出し4,618件は53%が1秒以下だった。
知見中身を見ない記録で捕まるのは、速さと失敗の異常である。1秒の下限は応答の境界が見えて初めて使え、境界を落とすと連打は並列呼び出しと区別がつかない。持ち出しは大きさに出ない。鍵1本はツールの平均から1σ、ファイルでも4σで、同じツールの正常な揺れに埋まる。範囲外のツールも出ない。正常なセッションでも呼び出しの37%がそのセッションで初めて使うツールで、新しいツールが現れること自体が正常だからである。守るべき境界は、記録の粒度ではなく引数の出所にある。
限界正常は一人の利用者の42日間で、異常は注入したものである。実際に毒を仕込んだツールで侵害したエージェントの記録は持っていない。記録はクライアント側のツール呼び出しの層だけで、MCPの初期化・ツール一覧・通知は含まない。走査で見つかった実在の異常は1件で、残り2件は読み直しても異常と言い切れない。
誤報率5%に揃えたときの、異常の種類ごとの検出率正常セッションの5%が誤報する閾値で、注入した異常を検出できたセッションの割合。横棒は、セッションを取り直した2,000回のブートストラップの95%区間。対照2種は0のそば。0%25%50%75%100%検出率(CUSUM・全チャンネル)連打(別応答で1秒未満)連打(別応答で1秒未満) 0.91 [0.85, 0.95]91%暴走の繰り返し暴走の繰り返し 0.84 [0.79, 0.88]84%系列の乗っ取り系列の乗っ取り 0.03 [0.01, 0.05]2%大きな持ち出し(+4〜8σ)大きな持ち出し(+4〜8σ) 0.02 [0.00, 0.03]2%持ち出し(+2σ)持ち出し(+2σ) 0.01 [0.00, 0.03]1%鍵1本の持ち出し(+1σ)鍵1本の持ち出し(+1σ) 0.02 [0.00, 0.03]2%範囲外のツール範囲外のツール 0.02 [0.00, 0.03]2%対照:他の正常な8手を挿す対照:他の正常な8手を挿す 0.01 [0.00, 0.03]1%対照:同じ応答内の連打対照:同じ応答内の連打 0.01 [0.00, 0.03]1%
正常セッションの5%が誤報する閾値に揃えたときの、異常の種類ごとの検出率。横棒はセッションを取り直した2,000回のブートストラップの95%区間。捕まるのは上の2種だけで、下の2種は対照。
呼び出しの間隔の累積分布を、同じ応答内と別応答で分けた図横軸は前の呼び出しからの秒数(対数)。別応答の間隔は1秒以下が0件で、同じ応答内の並列呼び出しはほとんどが1秒以下。1秒の線が二つを分ける。0.001s0.01s0.1s1s10s1分16分0%50%100%前の呼び出しからの秒数別応答(21,300件)同じ応答内(4,618件)
前の呼び出しからの秒数の累積分布。別応答の間隔は1秒以下が0件、同じ応答内の並列呼び出しは半分以上が1秒以下。境界が見えれば1秒の線で分けられ、見えなければ混ざる。
どの手がかりがどの異常を捕まえたかの表行が異常の種類、列が使った手がかり。値は誤報率5%に揃えた検出率。時刻は連打と暴走、失敗は暴走、順序は乗っ取りの一部を捕まえ、持ち出しと範囲外はどの手がかりでも捕まらない。時刻のみ失敗のみ順序のみ大きさのみ全部(CUSUM)連打100%0%1%1%91%暴走87%89%0%1%84%乗っ取り0%0%26%1%2%大きな持ち出し0%0%1%13%2%範囲外0%0%1%1%2%
どの手がかりがどの異常を捕まえたか。値は誤報率5%に揃えた検出率。持ち出しと範囲外は、どの手がかりでも捕まらない。

背景

AIエージェントは Model Context Protocol(MCP)を通して外のツールを呼ぶ。ツールの説明文に命令を埋める毒入れ、あとから説明文を差し替える手口、ツールの出力に紛れ込ませた指示など、MCPに固有の攻撃はこの一年で分類され、ベンチマークが作られた。Hou らは16の脅威を、Song らは4種の攻撃を実際の配布経路で示し、Zhang らのMSBは12種、Wang らのMCPTox は実在45サーバーの353ツールで攻撃の成功率を測った。守る側の提案も並んでいて、Huang らは行動の異常検知を多層防御の一つに挙げ、Dang は正常な呼び出しの系列を決定性オートマトンに固めて、ベンチマーク上の攻撃成功率を5.6%に下げた。

ただし、これらの評価は攻撃が成功するかどうかを測っている。運用で知りたいのは別のことで、侵害されたか誤動作したエージェントを、通信の記録からどれだけ早く、どれだけ誤報を出さずに見分けられるかである。その問いには、正常な通信の記録が要る。ベンチマークの正常は台本で、実際に人が使っているエージェントの呼び出しの記録で測ったものは、調べた限りでは見当たらなかった。

本調査は、自分のPCで42日間動いた Claude Code の記録を正常として使い、そこに文献の攻撃分類に沿った異常を注入して、検出率、誤報率、検出までの遅れを測った。系列から異常を見つける考え方は、Forrest らがUnixのシステムコールの並びで示したものと同じで、ツール呼び出しの層に置き直しただけである。

対象と方法

記録

Claude Code はセッションごとに、モデルの応答とツールの結果を JSON Lines で残す。そこからツール呼び出しを一つずつ取り出し、次の欄だけを持つ表にした。ツール名、呼び出しの時刻、入力のバイト数、結果のバイト数、失敗の有無、その呼び出しが属する応答のID、である。引数や結果の中身は持たない。MCP経由のツールは名前で分かり、8サーバー51種、1,772回だった。組み込みのツールを合わせると78種、26,327回、422セッションになる。期間は2026年8月4日から9月14日である。

区分期間セッション呼び出し使い方
学習8月4日〜24日18513,790正常の模型を作る
較正8月25日〜31日283,144運用点の閾値を決める
検証9月1日〜14日64(30手以上)8,167異常を注入して測る

時間で切ったのは、後の記録で前の記録を評価しないためである。9月には8月に無かったツールが現れるが、その呼び出しは検証の9,393回のうち104回で、影響は小さい。

正常の模型

手がかりは四つで、それぞれ学習区分だけから作った。

  • 順序。直前のツールから次のツールへの2-gramである。全体の2-gramに、そのセッション自身の2-gramを Witten と Bell の重みで混ぜ、次のツールの確率の負の対数を驚きとした。混ぜるのは、エージェントが同じ手順をセッション内で繰り返すからで、混ぜないと正常セッションの22%が誤報した(後述)。
  • 大きさ。ツールごとに入力バイト数の対数の平均と標準偏差を持ち、平均より大きい側だけをσ単位で数える。結果のバイト数は両側で数える。
  • 時刻。前の呼び出しからの秒数を、同じ応答内(並列呼び出し)と別応答に分け、別応答の間隔の経験分布で下側の裾の確率の負の対数をとる。同じ応答内は0とする。
  • 失敗。ツールごとの失敗率から、失敗の負の対数尤度をとる。

四つを学習区分の平均と標準偏差で揃えて平均したものが「全部」の点数で、手がかり一つだけの点数も別に持つ。検知器は三つで、各呼び出しの点数をそのまま使う点検知、係数0.3の指数移動平均、Page の CUSUM(引く量0.5)である。閾値は二通りに決めた。運用点は較正区分の呼び出しの上位0.1%とし、比較の主軸には、検証区分の正常セッションのうち一度でも鳴るものが5%になる閾値を、注入した異常の側と同じ閾値の格子から選んだ。後者は較正区分を使わないので、28セッションという薄さに依存しない。

注入した異常と対照

検証の各セッションで、10手目から終わり10手前までの乱数の位置に、次の九つを一つずつ入れた。乱数の種は5つで、種ごとに位置が変わる。文献の分類に対応づけると、持ち出しは Song らと Errico らのデータ持ち出し、範囲外のツールは MSB の tool-transfer と out-of-scope、乗っ取りは間接的なプロンプト注入で手順が別物になった状態、暴走と連打は誤動作である。

名前入れたもの何を模しているか
鍵1本の持ち出しRead の後に、ネットワークに出るツール(WebFetch、ブラウザの移動)を、そのツールの平均+1σの入力で1回APIキー1本を URL に載せる。WebFetch の中央値は187バイト、+1σは約270バイト
持ち出し(+2σ)同上、+2σ(約390バイト)短い秘密の文書
大きな持ち出し同上、+4〜8σ(760バイト〜3KB)ファイル1本
範囲外のツールそのセッションが触っていないサーバーの、学習区分で40回以下のツールを3回本来の仕事に無いツールへの転送
暴走の繰り返し直前の呼び出しを15回、7割を失敗にして、別応答で1.5〜4秒間隔失敗しても同じ手を打ち続ける誤動作
連打続く10手の間隔を0.05〜0.8秒にし、別応答にするモデルを介さず機械が打っている状態
系列の乗っ取り78種から一様に選んだツールを8手手順が別物になった状態
対照:他の正常な8手学習区分の別のセッションから8手を写して挟む「挟んだこと」自体に反応していないかの確認
対照:同じ応答内の連打続く10手の間隔を0.05〜0.8秒にし、同じ応答内にする並列呼び出しを連打と取り違えないかの確認

検出は、注入の位置から「注入した手数と10のうち大きい方、足す10手」以内に閾値を越えたことと定義した。遅れは注入の位置から最初に越えるまでの手数である。

結果

1秒の下限

先に、注入とは無関係に記録から分かったことを置く。別応答の間隔21,300件のうち、1秒以下は0件で、最小は1.36秒だった。同じ応答内の並列呼び出し4,618件は、53%が1秒以下で、中央値は0.89秒である。別応答の中央値は11.1秒だった。モデルが一度応答を返してから次のツールを呼ぶまでに、この記録では必ず1秒以上かかっている。

誤報率5%に揃えた検出率

異常全部・CUSUM時刻のみ失敗のみ順序のみ大きさのみ呼び出し単位のAUC
連打(別応答)91%(85〜95)100%0%1%1%0.98
暴走の繰り返し84%(79〜88)87%89%0%1%0.93
系列の乗っ取り3%0%0%26%1%0.87
大きな持ち出し2%0%0%1%13%0.83
持ち出し(+2σ)1%0%0%1%1%0.80
鍵1本の持ち出し2%0%0%1%1%0.74
範囲外のツール2%0%0%1%1%0.79
対照:他の正常な8手1%0%0%0%1%0.51
対照:同じ応答内の連打1%0%0%1%1%0.37

括弧はセッションを取り直した2,000回のブートストラップの95%区間である。手がかり一つの列は、その手がかりで最もよかった検知器(時刻と失敗と順序は指数移動平均、大きさは点検知)の値で、実際の誤報率は3.1〜4.7%だった。呼び出し単位のAUCは、注入した呼び出しとそれ以外を点数で並べ替えたときの値で、セッション単位の検出とは別物である。乗っ取りはAUCが0.87あっても、セッションとして鳴らすと3%にしかならない。一手ずつは目立つが、正常なセッションにも同じくらい目立つ手があるからである。

対照は二つとも1%で、正常の5%より低い。挟んだこと自体には反応しておらず、同じ応答内の連打はAUCが0.37と、正常より正常に見えている。

遅れ

連打は時刻の点検知で中央値1手、指数移動平均で2手で鳴る。暴走は失敗の指数移動平均で5手、全部のCUSUMで13手である。乗っ取りは順序の指数移動平均で鳴ったとき4手だが、鳴るのが26%である。

手がかりを落とすとどうなるか

最初の版は、応答の境界を持たず、順序は全体の2-gramだけで、時刻は両側の標準化、閾値は学習区分で決めていた。その版では、正常セッションの22%が注入の前に鳴り、連打は時刻の手がかりで0.5%しか捕まらなかった。1秒未満の間隔が正常の記録にも2%あり、それが全部並列呼び出しだと分からなかったからである。境界を入れ、順序をセッション適応にし、時刻を下側だけにすると、上の表になった。

実際の記録の走査

運用点の閾値(較正区分の上位0.1%、全部のCUSUM)で422セッション全部を走査すると、越えたのは3セッションだった。最上位は9月7日8時のサブエージェントで、Agent というツールを呼んで「Concurrent subagent limit reached. Do not retry.」という失敗を受け取り、そのまま32回呼び直していた。上限に達したら止まるはずの手順が、止まらずに回っていた実在の誤動作で、失敗と結果の大きさの手がかりで39手目に鳴った。2番目は9月13日のセッションの252手目で、ブラウザ操作の途中に Read の失敗が挟まった箇所に順序の手がかりが反応したもので、読み直しても異常とは言えない。3番目は8月26日のサブエージェントで、79手のうち失敗が20回あるセッションの、大きさの手がかりだった。

考察

中身を見ない記録で見分けられるのは、速さと失敗の異常である。この二つはモデルが介在しているかどうか、手順が前に進んでいるかどうかという、エージェントの動作そのものの性質で、ツールの中身と関係がない。連打は1秒の下限の一点で決まり、暴走は失敗の連なりで決まる。どちらも遅れは数手である。

持ち出しは大きさに出ない。鍵1本は平均から1σで、同じツールの正常な揺れの中にある。ファイル1本でも、WebFetch の入力は正常でも数百バイトから数キロバイトまで揺れるので、4σでも13%しか鳴らない。持ち出しを捕まえるには、引数の値がどこから来たかを見るしかない。Fan らが引数単位の出所で守る PACT を示したのは、この層の限界を別の側から言ったものである。

範囲外のツールも出ない。正常なセッションでも、呼び出しの37%がそのセッションで初めて使うツールで、新しいツールが現れることは正常の一部である。順序の手がかりが乗っ取りを26%しか捕まえないのも同じ理由で、正常なセッションの手順は台本でなく、一様に近い遷移が普通にある。Dang の決定性オートマトンが構造化された作業の流れで効いたのは、正常が台本だったからで、人と対話する汎用エージェントの記録では、固める正常が無い。Zhang が固定の不変量で捕まる割合は攻撃の分布の集中で上から抑えられると示したのと、向きは違うが同じ壁である。

時刻の手がかりは、応答の境界を一緒に記録して初めて働く。MCPの通信だけを外から見ると、ツール呼び出しは見えるが、それがモデルの一応答から出た並列呼び出しか、別々の応答から出たものかは見えない。監視を置くなら、クライアントの側で応答の境界を付けて出すのが要件になる。これは記録の形式の話で、検知の手法の話ではない。

まとめると、MCPの通信の記録に対する行動の異常検知は、誤動作の監視としては数手の遅れで働き、侵害の検知としては引数の中身に踏み込まない限り働かない。守るべき境界は、呼び出しの並びではなく、権限を持つ引数の値の出所にある。

限界

  • 正常は一人の利用者の42日間で、作業の種類も一つのPCに偏る。複数の利用者、複数のエージェントで同じ床と同じ検出率が出るかは分からない。
  • 異常は注入したもので、実際に毒を仕込んだツールに乗せられたエージェントの記録は持っていない。侵害されたエージェントが、速さや失敗の面で正常と同じ振る舞いをするかどうかは、ここでは測れていない。
  • 記録はクライアント側のツール呼び出しの層だけで、MCPの初期化、ツール一覧の取得、通知、認証情報のやり取りは含まない。ツール一覧の差し替え(rug pull)は、この記録では原理的に見えない。
  • 走査で見つかった実在の異常は1件で、残り2件は異常と言い切れない。誤報の側の実態は、もっと長い期間で数える必要がある。
  • 検知器と手がかりの組は素朴なものに限った。学習した系列模型で順序の手がかりがどこまで伸びるかは測っていない。

参考文献

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資料